車輌のあれこれ
16号電車
三作製20トン電車
2015年8月10日公開
Detail of Type 20ton B

 16号電車は、わたしが見た頃には既に使用されておらず、パンタグラフを失くしたまま、三池本庫裏の藪の中に放り込まれたように留置されていた。写真のように満足に写真を撮れるような状態には無かったので、雨宿りもかねて運転室内の様子を収めた。製造年ペイントはMIIKE S9-8、ボンネット上の点検蓋は、同じ三作製の14号と同様の形態で、港(1位)側の中央に丸型ベンチレターがある。


(1991年3月三池港)


(1991年3月三池港)5号電車越しに16号。前照灯は1灯、スピーカーが付く。

(1991年3月三池港)港(1位)側を望む。主幹制御器は、他の20トン電車と同型に見える。

(1991年3月三池港)妻面の上部にレバー式のスイッチが2基並んでいるのが気に掛かる。他機には見られない装備である。

(1991年3月三池港)浜(2位)側。こちらには各種スイッチ。

 三作製電車としては既に14号電車を取上げているが、メーカーとしてどのような電車を製造したのか謎の部分が多い。下表は私見として三作製と思われる電車を一覧化してみたもので、わたしは新製としては8台と推測している。電車の両数推移で悩まされるのは、港構内用電車(積込電車、小型電車と称した)と、本線用電車が共に1号から始っていることで、間違いなく14号までは重複しているはずである。

港構内用電車 本線用電車
機号 自重 製造年 形態 集電 軸距 記事 機号 自重 製造年 形態 集電 記事
11号 15トン 三作 大正9(1920) L型 ポール 1778   
12号 15トン 三作 大正9(1920) L型 ポール 1778
13号 15トン 三作 大正12(1923) 凸型 パンタ 2134 昭和27(1952) 20トン化 →31号に改番 13号 本線 20トン 三作 大正14(1925) 凸形 パンタ
14号 15トン 三作 大正12(1923) 凸型 パンタ 2134 昭和27(1952) 20トン化 →32号に改番 14号 本線 20トン 三作 昭和9(1934) 凸形 パンタ 昭和32(1957) 軸距拡大改造
15号 20トン 三作 昭和4(1929) 凸型 パンタ 2744 昭和9(1934) 本線に転用 →15号(本線) 昭和32(1957) 軸距拡大改造
16号 20トン 三作 昭和4(1929) 凸型 パンタ 2744 昭和? 本線に転用? →16号(本線) 昭和32(1957) 軸距拡大改造
三作製電車(坑外線)一覧(うしやん作成@2015)

 11/12号(港)については写真は未発見だが、『福岡県の近代化遺産』(1993)所収の形式図のうち1図がこの車輌に該当すると考えられる。型式としては先任のGE製15トン電車を基本とするマイニング・ロコタイプだが、軸距が1778mmと長くなり、運転室がやや中央に寄った形態となっているのは興味深い。性能としては、15トン電車1〜10号(旧番)と同じで、主電動機が40HP×2、牽引力を5000ポンドとしている。

 13/14号(港)は、性能としてはやはり15トン電車1〜10号(旧番)と同じとされるが、パンタグラフを装備していること、のちに20トン化し、31/32号となることから、先任車とは大きく形態が異なる。この車輌は『機関車表』(沖田祐作著2015)所収の15トンELの図面が該当すると思われる。この凸型ELは、ジーメンスタイプ20トン(原型)を一回り小型にしたような愛らしい機関車で、前照灯は律儀にも前例に倣ってボンネット正面に付けられている。20トン化改造の内容は不明だが、31/32号では軸距が2640mmに拡張され、車輪径も拡大された。

 15/16号(港)は、昭和3(1928)年に三池港内港岸壁の本格使用が始り、入換が繁忙となったために増備された20トン電車で、形態、性能としては、本線用のジーメンスタイプ20トンと同じ(125HP×2、牽引力8000ポンド)である。下図は、三作の戦前の製品カタログから抜粋した20トン電車の側面図だが、詳しく見ると軸距が2744mmと短かくなっている。三作製の14〜16号は、のちに軸距の拡張改造(→3000mm)され、20トン電車として標準化しているので、恐らくこの軸距の短い形態が14〜16号の原型ではないかと推測される。なお、13号だけはこの改造が施行されていないので、当初からジーメンス20トンと同図面で製造されたと思われる。

 15号は昭和9(1934)年に本線用に転用された一方(結果、港用−1の15台体制)、昭和14年末の集計では港構内用として20トン電車1台が在籍しているので、引き続き16号だけが三池港に残っていたと思われる。ちなみに、15/16号は『竣工図表』によれば、いずれも昭和9(1934)年製となっているが、このことは転用年を製造年と取り間違えたという可能性を棄てきれない。昭和11(1936)年に本線用の45トン電車が増備された時点では、順当ならば16号が附番されるはずだが、15/16号を港・本線兼用としたのか?、結果は17号となった。『竣工図表』を信じるならば、昭和9年製の15/16号が存在するため(このことから三作製は10台ということになる)、この方が増備の経過としてはシンプルになるが、それでは15/16号(港)の処遇の説明が付かない。この辺りの事情は、文献にみられる電車の集計数にも矛盾点が散見しており、いまだ確定的なことが言えないのが残念である。


三池製作所製品カタログより、20トン電車側面図。20トン電車のうち、14〜16号が該当すると推測。


炭鉄本館へ戻る