津山まなびの鉄道館 2018年11月22日公開

 2016(平成28)年4月に開館したばかりの津山まなびの鉄道館に行って来ました。うん十年ぶりに津山線に乗車、相変わらずのキハ40系天国でしたが、津山色から朱5号単色に戻った2両編成はそれなりの乗車率。キハ40系も窓サッシの交換や冷房化、機関の交換により、かつての鈍重なイメージは無くなっています。じつは岡山⇔津山の移動は、高速バスが安いのですが、昨年のJRバスの撤退によって本数が半減以下となり、使いにくくなってしまいました。





 津山駅からは徒歩10分ほどで丸い壁面を見せる扇形機関庫が見えて来ました。入館券(300円也)を購入すると、チケットは「津山線開業120周年記念」とあるD型硬券風で、目の前で入鋏がされました。120年とあるのは、1898(明治31)年12月に中国鉄道が岡山市駅〜津山口駅を開業したことに拠ります。ちなみに、国有化によって津山線となったのは1944(昭和19)年6月でした。
 中に入ると、ちょうど津山駅を模したジオラマの運転が始まるところだったので、こちらを先に回ります。津山駅の一日と題して、扇形機関庫の出庫からスタートする凝った演出でした。









 17番線を有する扇形機関庫は、1936(昭和11)年4月に建てられたもので、当時は津山機関庫と称していました。ちなみに線番ですが、庫正面からみて、右から1番庫〜17番庫となります。
 外観は、飾り気のないコンクリートの打ちっぱなしと実用本位なもの。外周全面に渡って縦型の採光窓が設けられていますが、旧修繕室の丸窓がアクセントとなっています。また、正面上部にも、かつては回転窓があったようですが、今は無くなり金網で覆われています。津山機関区の無煙化は1971(昭和46)年ですが、各庫毎に排煙のための煙突があったようです。煤に汚れた天井を見上げると煙突跡がありました。

 津山機関庫の歴史や施設については、こちらの論文(PDF)と報告書(PDF)が大いに参考になりました。また、開館までの経緯についてはこちらのHPに詳しくまとめられています。











 続いて転車台を見てみましょう。操作室には「近代化産業遺産 平成20年度 経済産業省」というプレートが付いていますが、おそらく転車台は津山運転区の現役施設ではないかと思われ、レイルも繋がっています。この転車台は1930(昭和5)年川崎車輌製で、桁長60ft(18.5m)規格の下路式と呼ばれるもの。大型転車台の設置によって、この年からテンダー式の8620形が配置されました。









 津山扇形庫に収蔵されている車輌については、紹介し尽くされていると思われますので割愛して、わたしが気になった車輛のみ取り上げます。まずはANT-20W形(型式は見えませんが、大きさからの推測)。おそらく転車台までの車輛引出しや、頭出しに使われているのではと思われます。解説プレートはないので、展示ではない模様。
 協三の10トン半キャブは、れっきとした展示車輛です。解説プレートによれば1974年製で、最終配置は後藤総合車両所。入換用の機械扱いとなっていた車輛ですが、用品番号は見えませんでした。ランボードの掴み棒が屋根まで高いのが特徴。









 鉄道館の敷地からは、隣接する津山運転区がよく見えます。キハ40、47、120形といった気動車は、津山鉄道部から津山運転区に改編された際、車輛配置が無くなっているので、すべて岡山気動車区(岡オカ)の所属です。キハ120形のうち、ブルーの濃淡ラインのある車両は、2018(平成30)年4月廃線となったばかりの三江線からの転属車。













 最近は復古調の塗装が大流行ですが、岡山では3両の気動車が国鉄チックな塗装となっています。2016年3月に出場したキハ47-47、1036号、同年9月に出場したキハ40-2134号は、かつてのツートンカラー(朱色4号+クリーム4号)の一般気動車標準色に塗り替え、ノスタルジートレインと称して、イベント列車ほか、一般列車にも運用されています。











 この日は、午前中は鉄道館、昼前に路線バス(中鉄北部バス)で吉ヶ原に移動して片上鉄道と廻りました。鉄道館前からは吉ヶ原直行のレトロリレーバスも運行されています。鉄道館の窓口で整理券が配られます)。同じコースを考えている同業者を多く見かけました。
 津山まなびの鉄道館は車両の動きはなく、車内や庫内にも入れませんので、一通り車輛の顔を見てしまうと、これで十分かなというのが素直な感想でした。再訪するなら、転車台イベントに合わせる必要があるようです。


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