20号電車グラフティ
その2
2011年6月12日公開
Type 45T

 20号電車は、昭和24年2月南海鉄道ED5154号を譲授したことになっている機関車である。三池の竣工図表にもそう記されているのだが、「なっている」とはいうものの、竣工と同時に三池入りしているため実際に南海線を走ったことはないという。銘板には「東芝車輌 昭和23年製」とあるが、文献(1)から孫引きすると、網干工場製とのことであり、コハ形客車と同期の出身ということになる。
 20号はいままで「東芝製45トン標準機」という量産機として捉えられていたため、同僚の22号とともにどちらかといえば、三池機関車の中では没個性的な機関車と思われていた。そのため、実は私もそれほどじっくりと見つめたことはなかったのだが、今回、20号の写真を一堂に集めてみたら、色々と新たな発見が見つかって面白かった。

文献(1)澤内一晃著「東芝戦時形機関車の導入過程3」『鉄道ピクトリアル844号』1969年撮影の20号の写真もあり。


(1995年7月三池港)運転室側窓の下辺がボンネットと揃っている。むしろ20号電車だけの例外。こちらの側面にのみ製造銘板がつく。文献(1)から、雨樋は三池での後天的な改造であることがわかる。


(1990年3月三池港)運転席側側面である。扉、雨樋、手すりの形状が左右で異なっていた。雨樋の出っ張りが大きいが、パンタグラフの下げ紐を通すために区切りがあり、そのため排水管も左右に2本。


(1992年8月三池港)非運転席側。ボンネットの通風桟が一つ少ない。運転席側に比べると、のっぺりとしている。

(1996年2月三池港)参考までに22号電車運転室(非運転席側)。側窓は縦長になるのが45トン機の標準。また側窓に雨除けがつく。




この写真は京町ヤードからの再掲です
(2枚とも1992年7月旭町)旭町駅にて停車中の20号電車。鹿児島本線側に運転席がある。前面窓の幅が左右で異なっているのが分かるだろうか。前照灯の位置と比べるとより分かりやすい。なお、非運転席側の正面窓のみ横にスライドする。


(1992年7月旭町)東芝車輌 昭和23年の銘板がついていた。


本館ページへ戻る
20号電車グラフティその3