22号電車グラフティ 2011年6月15日公開
Type 45T

 三池鉄道にとっては最後の増備機関車となった22号電車は、西日本鉄道201号(昭和24年製)を昭和33年2月に譲授したもの。西鉄時代は宮地岳線で発電所向けの石炭列車を牽いていました。
 22号は、東芝45トン標準型として「20号電車と同型」と一括りされることが多いですが、細部をみると色々と相違点が見つかります。私鉄向けに量産された型式なだけに、幸い鉄道模型に恵まれていますので、とりあへず三池色さえクリアできれば、「三池タイプ」は完成してしまいますが、オレ様の20号と22号は違うぞというという、特定ナンバーの拘りがあるなら変化を求めても面白いと思います。どちらかと言えば、22号の方がスタンダードといえるスタイルをしていますが、砂箱を車体側に備えるのは、三池オリジナルですね。。ちなみに21号電車と同期(昭和24年)ですが、スタイルはガラリと異なります。東芝「戦時型」標準機としては最終期の製造ともいえます。


(1996年2月三池港)港駅舎前に停車中の22号電車。ホッパーの傍には同型の20号電車の姿も見えます。前照灯台座が二つあるのは何故?


全体写真は看板写真(82)
(1991年3月宮浦)運転席側の適当な写真がなかったので、トリミングしました。側窓雨よけの形状が異なっています。


全体写真は看板写真(88)
(1991年3月宮浦)宮浦坑跡から見た22号。この写真もトリミングしました。港側ボンネット上にある機器はなんでしょう。

(2枚とも1996年2月三池港)前照灯が20号に比べると、外端に寄っています。側窓は22号が標準型。なお、22号に製造銘板はなく、代わりにTOSHIBA S24.4とペイントされています。


(1993年3月三池港)セナ炭車を引き上げる。


(1996年2月三池港)九電線に進入。


(1996年2月三池港)三池本線をゆく22号。


(1996年2月三池港)船渠岸壁をゆく。


(1993年3月三池港)22号は、個人的には縁なかった電車だったため、あまり写真は撮っていなかった。


(1996年2月三池港)九電より戻ってきた。


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