車輌のあれこれ
4号電車のディテール
2015年7月25日公開
Detail of Type 20ton B

 宮浦駅の片隅で、今なお姿をとどめる4号電車を取上げてみましょう。
 一般には1〜4号電車は、1911(明治44)年10月 ジーメンス・ハルスケ(ドイツ)製とされるが、他号同様、現車には製造者を記録したものは発見できず、ペイント標記のみが当然のごとく「SIMENS M44-10」となっているだけである。7号電車の項で触れたように、1号と4号の製造年(or使用開始?)には1年間ほどの時間を要している(ちなみに1号電車は到着後、2ヶ月足らずで組立が完了し、試運転を開始したことになっている)。
 『竣工図表』によれば、その後の改造は20トン電車共通のものが昭和30年代に集中的に施行されたが(昭和30自連化、昭和31主電動機・制御器改造、昭和37集電装置改造、昭和39車輪径拡大、昭和32〜39年の間に運転室拡張工事)、4号特有の改造としては1956(昭和31)年3月にリール台車対応の改造が竣工している。
 1989(平成元)年3月の在籍車輌表には4号はなく、この時点で既に廃車されていたことが分るが、現車は施設課港工場の移動機として残されていた。現役組と比べると、車体状態はかなり悪かったが、なぜか連結されていた8号電車と共にゴロゴロと動き出したのを目撃している。20トン電車は重連総括が出来ないが、建物側の4号は控車の代用だったのかもしれない。


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(1990年3月三池港)8号電車からの再掲です。

(1990年3月三池港)カラーでも撮っていました。背景の建物が施設課港工場です。8号4号ともリール台車対応車ですが、装備品が異なります。

(1991年3月三池港)


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(1995年7月三池港)港本庫に2、3、4号と順に留置。この頃にはほとんど用途がなくなっていたと思われます。

 三池鉄道廃止後、4号電車は宮浦駅に移動し、当初は宮浦駅の港側(現在の海コンホームあたり)に留置されていましたが、しばらくしてM化学工場入口付近に2号、20号電車と共に留置されるようになりました。部品取りとして残されていたようで、電車の順序が稀に入替っていたことが確認できます。
 この留置当時の様子をディテールを中心に見ていきましょう。まずは特徴的なフード付尾灯から。因みにこの尾灯は浜側(2位)にのみ装備していました。この浜側にはリール台車用のジャンパ栓受もあります。


(2006年10月宮浦)

(2007年5月宮浦)浜(2位)側のみ、リール台車(リル形)のためのジャンパ栓が物物しい。リール台車対応の改造は1956(昭和31)。なお、4号電車の装備は3号と同様だが、おなじリール台車対応でも7号8号とは装備が異なるのは興味深い。


(2006年3月宮浦)検査標記は辛うじて54-6と読める。

(2007年5月宮浦)フードの内側は白く塗られていた形跡があり。


(2007年5月宮浦)浜(2位)側ボンネットの手すりはヨの字型だった形跡がある(この特徴は8号電車も同様)。

(2007年5月宮浦)4号電車のサイドビュー。Zパンタグラフ搭載のため、屋根周りが軽快。

(2007年5月宮浦)右2号、左4号。4号電車の自連開放テコは、ジャンパー栓受けを避ける為、高位置になっている(3号も同様)。

(2007年5月宮浦)ノーマルな顔立ちの港(1位)側。こちら側にジャンパ栓受けはないが、自連開放テコは高位置。

(2007年5月宮浦)港(1位)側ボンネット上の手すりはコ型。


(2007年5月宮浦)

(2007年5月宮浦)Z型パンタグラフを装備していた。


(2006年10月宮浦)

(2007年5月宮浦)


(2008年11月宮浦)

 足回りを覗いてみます。港(1位)側の主電動機は失くしていたので、ギアが剥き出しとなっていました。

(2007年5月宮浦)港(1位)側の主電動機はすでに外されていた。


(2007年5月宮浦)


(2007年5月宮浦)20トン電車の元空気溜は台枠ではなく、台車側に据えられている。


(2007年5月宮浦)バッテリー箱と台車。制輪子押さえに見られる数字の陽刻(写真は4)は、ジーメンス機のみに見られる。

 すでに記事(2号と4号)にしていますが、現在、4号電車は車体を再塗装(2012年)されて宮浦駅(車輌工場)に留置されています。屋根の木製部品が取り払われた為、少々、顔立ちに締りがなくなっていますが、再塗装されたのは、おそらく再用可能な機器を保護する為でしょうか。この後、とくに動きは見られず、再び車体の褪色が始っています。


(2012年11月宮浦)車体のみ再塗装された姿。何故か、パンタグラフ台座ごと2号電車と入替ってしまった。


(2012年11月宮浦)フード付尾灯もそのまま。


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