◆(2009年11月)仮屋川操車場にて19号電車◆ 2020年6月19日公開

 宮浦〜旭町(連絡所)間の旭町線からは、いくつかの引込線が分岐していましたが、残念ながら仮屋川操車場を除けば、規模の大きかったM池製作所線を含め、その痕跡を偲ぶことが出来るものは全くと言っていいほど残っていません。下図はその引込線をまとめてみたものですが、線名についての資料がないため、社名や工場名を当てはめています。ごく短期間しか存在しなかった線路もあり、映像資料がないものがほとんどです。



 起点の宮浦駅からは雑品倉庫線、M池製作所線(三作線)が分岐していました。三作線については規模が大きく、資料もありますので別途にまとめる予定です。

 連絡所(京町ヤード)から分岐していたのが売勘場線です。売勘場はたんに売店と呼ばれることも多く、以下、名称も”売店線”で統一します。売店は、炭鉱労働者向けの日用雑貨を販売するため、炭鉱住宅と同じようにM井鉱山が設けた福利厚生施設のひとつです。会社側から見れば賃金として支払ったものを、代金として回収する、独特な経済圏をつくりました。組織としては、1923(大正12)年三池共愛購買組合となり(日本最大の生協と言われた)、その後、1961(昭和36)年2月にM池商事として独立し、主としてスーパーマーケットを展開しましたが、現在では同業他社に吸収されて、炭鉱時代の系譜は絶たれています。

 旭町売店は、”本店”となる施設で、鹿児島本線と旭町線に挟まれた一角にありました。この敷地は現在ではそっくりガーデンホテルとなっています。三池鉄道沿線には売店線と呼ばれる引込線が点在しており(万田坑、宮原坑等)、売店間の鉄道輸送がどのようなものだったか興味あるテーマですが、残念ながらはっきりした資料はありません。


  『各事業所写真帳』より三池共愛購買組合 旭町本店


(絵葉書/うしやん所蔵)三池炭鉱売勘場となっているが、その規模から旭町本店と考えられる。日用雑貨の集散地として、市場のような活気ある光景。


 (絵葉書/うしやん所蔵)左隅の敷地が旭町売店。線路を挟んだ場所にある新栄町駅の開業は1970(昭和45)年、ガーデンホテルの開業は1979(昭和54)年であり、昭和40代半ば〜50年代前半の写真ということになり、正確にはM池商事の時代となる。


  (絵葉書/うしやん所蔵)三池共同購買組合売店とあるので、大正後半以降の店内の様子。これもおそらく旭町売店と思われる。

 連絡所〜仮屋川操車場間からも短い引込線が伸びていました。町名でいえば柿園町1丁目となり、現在ではマンションやスポーツクラブが建ち並んでいます。この場所は昭和初めの地図を見ると、「三交グラウンド」となっており、その名の通りの運動場が広がっていたと思われますが、この一角に建物が並び、引込線が敷かれました。ちなみに”三交”とは三交倶楽部という三井系企業の社員団体です。
 この工場(倉庫?)は戦後も存在していますが、企業名等は不明、引込線は戦後間もない空中写真でもはっきりせず、早い時期に撤去されたと思われます。資料的にはお手上げなのですが、戦時中に急造された工場ではないかというのが、わたしの推測です。以下、『三井鉱山百年』に気になる記述があるので、可能性として挙げておきましょう。
◆1938(昭和13)年三作が陸軍および海軍から工場事業場管理令の発令を受け、軍需工場として指定、同年7月に工場隣接地に軍管理工場の建設に着手、11月に竣工◆


旭町売店線および??工場線。この地図は国道208号線の拡幅や、市内線がないことから昭和20年代後半か


1948(昭和23)年空中写真より


1962(昭和37)年空中写真より。建物配置等にあまり変化はないが、旭町売店線も無くなっている

 旭町線の側線ではありませんが、大牟田市白川の「露天掘」坑から仮屋川操車場を結んだ坑外線がありました。露天掘の採掘期間は1942(昭和17)〜1947(昭和22)年とごく短く、おそらく平時ならば採掘されないような低品位炭だったのかもしれません。2点を結ぶと、地図上では凡そ2キロ弱となる距離がありますが、坑外線のキロ数や軌間、動力などはまったく不明です。この露天掘と坑外線については、唯一、この文献*1に記述がみられるのみですが、坑外線は長溝川の瀬替え(1940(昭和15)年頃)によって生じた旧川床に敷かれたといいます。地図資料としてはテキサス大学のコレクション(米国陸軍地図局作成)の「OMUTA」に記載がみられます。米国陸軍地図では堂面川を渡った先で途切れてしまっているので、旧長溝川の部分(赤線)を加筆しました。
なお、露天掘の跡は、現在も「露天掘池」として残り(管理者M井鉱山とあり)、長溝川の旧川床は、埋め立てられて道路化されています。

*1)『明治大正 横須物語』 安部靖著 平成13


米国陸軍地図に坑外線を加筆(赤線)



炭鉄本館へ戻る