◆コンテナホームにて9号電車と検形(2011年11月宮浦) 2020年4月22日公開

 検重車の検形は、秤量所に設置された”秤量器”の較正(こうせい:現在では校正の字を当てる)のための、基準質量となる自重を持った台車です。較正によって秤量器の器差ズレを測定します。秤量器は、三池鉄道の各駅に設置され、宮浦駅港駅については紹介しました。秤量という作業は、出荷量を計るうえで重要ですが、タンク車、コンテナ車が到着するM井化学専用鉄道にとっては必要な作業ではありません。おそらく、宮浦操車場に秤量所があったため、組となる検形がそのまま引き継がれたのではないかと思われますが、そのままの状態で23年間、いまだ姿を留めています。


(2009年11月宮浦)検形のいる線路は旧三池本線。この時は線路終端にいたが、その後、奥の方へ移動(?)した


2009年11月

 三池鉄道時代は、検形は港駅と宮浦駅で確認しましたので、両駅間を行き来していたようです。M井化学専用鉄道となってからは、当初は工場入口付近にて部品取りの炭鉱電車とともに留置されていました。両サイドからの写真が撮りたく、工場休止期間を狙って宮浦駅で許可をとり撮影しています。その後、旧三池本線の側線に移動し、現在に至ります。

 検形には、検1〜2号の2両がいました。まずは自重25トンの検1号から。竣工図表によれば、昭和10(1935)年日本車輛製。昭和27(1952)年に自連化。この検1号は、台枠の形状が同時期に製造されたセロ形16トン積炭車とよく似ています。軸距は同じですが、全長が短くなっています。『日車の車輛史』に組立図があり、箱の中には円盤状の錘を積んでいます。なお、解説によれば”標準台車”と称し、ブレーキ車として使用とあります。ブレーキ車の用途は不明。


2007年5月


2007年5月


1990年3月宮浦


2007年5月


1992年8月三池港


2008年11月


(2007年5月)一段リンク台車を履く

 自重15トンの検2号は、竣工図表によれば、昭和10(1935)年の三池製作所製。昭和27年に自連化。この車輌の台枠は、当時のセヤ形8トン積炭車とよく似ており、軸距は同じ。ただし、当時はセヤ形は主力炭車のひとつであり、改造車とは考えにくい。三作はセヤ形炭車も製造したことがあるので、図面を再利用したかもしれない。


2007年5月


2007年5月


2007年5月


2007年5月


1990年3月宮浦


1992年8月三池港


2007年5月


(2007年5月)シュー式台車を履く


2008年11月


2007年5月


2007年5月

 検形自体も、走行によって自重が変化してしまうため、1年おきに自重の検査が行われる。その際の検査票がそれぞれ付いていた。最終年は平成8(1996)年となっており、三池鉄道時代の検査で止まっていた。


(2006年3月)検1号の検査票。1年おきに自重が測られている


2007年5月検2号の検査票


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