三池港駅のあちこち

港発電所その1
2009年2月3日公開
Line of Kyushu-Erectorinic-Power at Miikekou station

 港発電所についても簡単に触れておきます。
 資料としては『港発電所1号機40年のあゆみ』(平成12年九州電力)という冊子が詳しい。都合4つの発電所が建設されたため、名称がややこしいが、港第一・第二発電所(それぞれ昭和38年、47年廃止)と、港発電所1号機・2号機のグループに分かれます。後者はとくに新港発電所とも称しました。
 (新)港発電所1号機は石炭専焼→重油混焼→重油専焼→石炭専焼と燃料が変遷としていますが、石炭輸送に限れば、当初は貯炭場からベルトコンベアによる送炭を受けていたと思われます(九電線その1:昭和49年空中写真参照)。炭車による運炭は昭和58年石炭専焼に戻った際から始まりました(同年1月12日初荷式)。意外にも近年に始まった輸送だったのですね。同書によれば、平成9年終了までの14年間の炭車輸送量は5,366千トン(うち三池炭は2,558千トンで47%、海外炭ではオーストラリア炭が多く32%を占めた)。

つづく

昭和6年 三井鉱山自家発電所として発足(港第一発電所)。
昭和10年 経営が九州共同火力発電となる。
昭和14年 経営が九州火力発電となる。
昭和15年 港第二発電所着工(太平洋戦争により中断)。
昭和20年 経営が日本発送電となる。
昭和22年 港第二発電所完成。
昭和26年 経営が九州電力となる。
昭和33年   港発電所1号機着工。
昭和35年   港発電所1号機運転開始。
昭和38年 港第一発電所廃止。  
昭和39年   港発電所2号機着工。
昭和41年   港発電所2号機運転開始。
昭和47年 港第二発電所廃止。 港発電所2号機重油専焼。
昭和48年 港発電所1号機重油混焼運転
昭和52年 港発電所1号機重油専焼運転
昭和58年 港発電所1号機石炭専焼運転。
昭和58年 港発電所1号機貨車による石炭輸送開始。
平成1年 港発電所2号機廃止。
平成9年 三池炭鉱閉山により貨車による石炭輸送終了。
平成9年 石炭輸送がトラックとなる。
平成10年 三池炭取引終了により、海外炭専焼となる。
平成12年 港発電所1号機40周年。
平成16年 港発電所1号機廃止。
おもに『港発電所1号機40年のあゆみ』を参照。港発電所1号機は平成16年4月廃止されたが、当初の発表では休止だった。


(絵葉書/うしやん所蔵)内港繋船壁のむこうに見えるのが、昭和6年から昭和38年まで操業した港第一発電所。9本の煙突が特徴。


(絵葉書/うしやん所蔵)船渠からみた港第一発電所。

 
(2006年3月三池港)港発電所正門にて。


(1992年8月三池港)煙突下の設備は脱硫施設。かつてこの辺りに港第一発電所があった。


(1995年7月三池港)船渠岸壁より閘門とともに。


(2003年1月三池港)船渠岸壁より石膏桟橋とともに。シンボルとなる集合式煙突は昭和47年建設。


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港発電所その2