三池港駅のあちこち

その1
2009年2月3日公開
Line of Kyushu-Erectorinic-Power at Miikekou station

 晩年の三池鉄道で最も頻繁に見られた列車はというと、九電港発電所(*1)へ向かう石炭列車があげられます。この九電列車は、三池港の港北の九電貯炭場を出発し、港駅を経由して、港南の港発電所へ至るというルートで運転されましたが、港駅から先は「九電線」と称した引込線に移りました。
 まずは九電貯炭場から港駅までのルートを辿ってみましょう。残念ながら、私は九電貯炭場までは足を伸ばしていませんでしたが、相互リンクしているed731003さんのブログに貴重な貯炭場の様子(北岸壁積込線 九電貯炭場)がアップされていますので、ぜひご覧ください。なお、石炭積込みはショベル・ローダーによって炭車に直積みしていた模様です。古地図をみると、元々、九電貯炭場への線路はその先の内港北岸壁へのルートの一部だったと思われます。
 九電貯炭場と港駅の間の、港車輌工場と三井石炭火力発電所にはさまれた一角には小ヤードがあり、セナ形炭車が編成で留置されていました。このヤードを過ぎると右にカーブしながら港駅舎の前に九電列車が姿を現しました。

(*1)正確には港発電所1号機

(つづく)


による石炭輸送はまだ始まっておらず、貯炭場内のスタックローダーからベルトコンベアによって送炭されていた(さらに、港駅近くにて三川坑・港務所貯炭場とのベルトコンベアと交差)。のちに九電貯炭場に引き込まれる線路は、当時は貯木場を通って北岸壁へ至るルートである。


(1990年3月三池港)港操車場〜九電貯炭場の途中には小さなヤードと遊水池(?)を渡るガードがあった。港駅方向を望むと、留置されたセナ炭車が見えた。


(1997年10月三池港)鉄道廃止後。


(1997年10月三池港)同じく鉄道廃止後。振り返ると三池港新港町114号踏切という踏切を渡り、線路は左へカーブして九電貯炭場へ通じていた。


(2007年11月三池港)さらに10年後、奇跡的に架線柱が残っていた。


(1990年3月三池港)九電貯炭場〜港操車場間の小ヤードにはセナ炭車が待機していた。架線柱には「19 16、20 16、21 16、22 18」とあり、19〜22が番線、16と18が炭車換算の側線長と思われる。


(1991年3月三池港)同ヤード。左端に見えている炭車群が貯炭場へ通じるルート。


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九電線その2