港駅のあちこち
施設課港工場
2015年6月1日再公開

 港操車場に隣接して設けられていた港工場のページを再アップします。
 港工場は鉄道車輌の検査整備を受け持っていた車輌工場で、施設課という部署に属していました(鉄道運行は鉄道課)。複線構造の工場棟が平行して並ぶ規模の大きな施設で、かつての車輌数の多さを偲ばせるものでした。また、工場棟の裏手には保線車輌が集結した一角もあり、施設課事務所は工場棟とは別に隣接して設けられていました。
 施設課は独自の入換電車を擁しており、わたしが訪ねた時には4号電車と8号電車、3号電車とハト96号という組合せで待機していました。20トン電車は車両表(平成元(1989)年3月)ではすでに廃車済みとなっていた機号でしたので、機械扱いとして使われていたものと思われます。その為か、現役機と比べると、外装の痛みが見られました。このほか、工場内では台車が使用されていました(ヒト形無側車を参照)。


(1991年3月三池港)施設課港工場全景。今では立ち位置あたりに道路が開通している。


(1990年3月三池港)施設課の構内案内図によれば、右手の建物は交番検査工場、左手が仕立工場。

(1991年3月三池港)交番検査工場横の線路は、裏手の保線所へ通じていた。交番検査工場の後ろには車輌工場と電気作業場。


(1991年3月三池港)仕立工場の隣には側線があり、セナ炭車やハト形が留置。仕立工場のうしろは大修理工場となっていた。


(1991年8月三池港)訪問時、施設課には3台の20トン電車(すべて廃車済み)が稼動。19号電車の隣は8号+4号電車。

(1991年3月三池港)車輌工場の裏手には保線区があった。中央に見える平屋建ての建物が施設課事務所。

 見学手続が異なったので、工場内を案内されたのは一度だけでしたが、その時の写真をアップします。

(1991年3月三池港)仕立工場では18号電車が整備中。

(1991年3月三池港)整備中の電源車。濛々と湯気が揚がっていた。

(1991年3月三池港)

 三池鉄道廃止後も港工場の建物は引き続き使用され、線路や架線柱がない他は、しばらくは特に変化は見られませんでした。その後、車輌扉が埋められて、外壁も一新されたため、一見すると元車輌工場という面影は無くしています。

(1997年10月三池港)鉄道廃止間もない頃。現在では車輌扉が埋められた為、普通の工場棟のようになっている。


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