港駅のあちこち
ラワン材貯木場線
2020年4月17日公開
炭鉄本館

 港駅の隠れた引込線をひとつ取り上げます。

 ラワン材貯木場線は、三池港に設けられたラワン材貯木場に設けられた側線です。ラワン材をはじめ、南洋材と総称される輸入木材を三池港北岸壁にて陸揚げし、専用台車にて貯木場まで鉄道輸送するための線路です。輸送とは言いましたが、その距離は500メートルほどで、貯木場に到着した木材は専用台車からいったん荷下ろしされ、地上にて燻蒸殺虫処理を行い、検疫後に出荷するという流れでした。貯木場からはトラック輸送にて、消費者となる大川市の木工工業団地に運ばれます。大川市といえば「大川の家具」として全国的に有名ですね。三池港は大川市と20数キロしか離れていない好立地にあり、南洋材輸入港として当時の三池港務所が新規展開した事業でした。顧客が炭鉱とは無関係という点で興味深い事例のひとつといえます。
 初荷揚げは1963(S38)年1月ボルネオより到着した月見丸。三池港は同年に木材輸入港の指定認可を受けています。


 昭和40年三池港港湾施設一覧より。資材中央倉庫および九電貯炭場に挟まれた細長い一角がラワン材貯木場。貯木場線は、港操車場より北岸壁(および内港係船壁)へのルート途上に設けられた側線と思われる。


貯木場開設間もない頃の1966(S41)空中写真より。貯木場に積上げられた木材、その中央を貫く線路と多数の台車が確認できる。


 細長く伸びる貯木場に木材が山積みされているのは変化ないが、台車の姿は見えない。

 以下、社内報より写真資料をまとめてみました。局地輸送なので人目に触れることはなく、貴重な資料だと思います。


 三池港北岸壁にてラワン材陸揚げの模様を船上から。岸壁上の線路には専用の平台車が待機している。
 

 北岸壁上より荷役風景。ラワン木材は平均で長さ5〜6メートル、1本の重量2〜3トン。

 ラワン材貯木場は、北側の九電貯炭場、南側の資材中央倉庫に挟まれるようなかたちで、幅30M、長さ450Mの細長い敷地に、ラワン材1500本の貯木能力がありました。


 貯木場内では台車より荷下ろしされ、燻蒸処理がなされる。このような陸上貯木場は、水中貯木場に比べ、荷役上の不便が大きいが、燻蒸処理が1日で済むため(水中の場合、一月以上)、陸揚げから出荷までの時間が短いメリットがあった。
 なお、クレーンの背後に見えるベルトコンベアは、貯木場に隣接する九電貯炭場と九電港発電所を結んでいたもの。

 ラワン材輸送用に使用された車両は、下の写真から判断するにヒト形無側車を改造し、専用車としたものと思われます。ヒト形は10トン積み平台車で、連結器の開放テコが下作用式となった、いわば三池版の長物車(チ形)といえる貨車。さらに木材受け台として鉄板張りの床板に、U字型に加工した古レールのようなものが2基据え付けられています。
 貯木場内はクレーン荷役のために架線がないので、台車移動はキャプスタンや人力を用いたのでしょうか。北岸壁〜貯木場間の輸送は、15トン電車が活躍したのかもしれません。人目に触れることはなかった局地輸送ですが、ガメ電が木材を満載した台車をゴトゴトと牽く姿を想像するだけで楽しくなります。


 移動式クレーンによって荷下ろしされた材木は、貯木場にて燻蒸殺虫の処理がされる。

 ラワン材貯木場のその後については資料がないものの、空中写真よりその推移を辿ってみると、1982(S57)年撮影にて、北側に隣接する九電貯炭場に飲み込まれるかたちで貯木場そのものが無くなっています。この九電貯炭場は、1983(S58)年1月より炭車輸送を始めますが(それ以前は貯炭場よりベルトコンベア輸送を行っていた)、石炭をショベルローダーで直積みする九電貯炭場線として、この旧貯木場線が再活用された可能性があるのではないかと思います。


 線路図に変化がないもの、貯木場が無くなり、貯炭場が拡大している。留置されている車両は、おそらく炭車であろう。



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