炭鉄の風景あちこち
宮原坑
その1
2012年10月16日公開
Miyanohara Coal Mine

 2000年に国指定史跡となり、大牟田市の宝となった宮原坑(第二坑)です。立坑櫓や巻上機室は定期的に一般公開され、かつての三池本線跡もそのまま残っています。そこで、およそ100年前の絵葉書との定点観察をしてみましょう。

明治31年3月 宮原第一坑の竣工
明治34年11月 宮原第二坑の竣工
明治33年11月 鉄道開通(七浦〜筒井原(宮原)〜万田)
明治41年7月 鉄道複線化
大正5年1月 鉄道電化
昭和6年5月 宮原坑の閉坑
昭和45年9月 鉄道単線化(下り線撤去)

 宮原坑南に東金ケ坂橋という、かつて三池本線を越えていた陸橋があります。まずはここを定点として観察してみます。鉄道線開通以前は、ひと続きの高台となっっていたと思われますが、地形を裂くように鉄道線は切り通しとなっています。鉄道沿いの少し高いところに立坑櫓が建てられました。東金ケ坂橋からはかつての宮原駅跡が望めませんが、宮原坑へ至る鉄道は、ずっと宮浦側から分岐していたためです(逆様川線)。ちなみに絵葉書に写った線路は、免許上は七浦〜筒井原〜万田間という区間に相当し、筒井原が宮原坑のある旧地名にあたります。


(絵葉書/うしやん所蔵)宮原坑と三池本線。宮原坑には手前の第二坑(現存)と、奥に第一坑が見える。三池鉄道は複線非電化の時代であり、明治41〜大正5年の間の撮影と推測される。


(1995年7月宮原)三池本線は単線化されたが、宮原坑との構図は変わらない。


(2005年2月宮原)三池本線は廃線跡となった。


(2006年3月宮原)かつての下り線跡にベルトが敷かれた。


(2011年11月宮原)雑草が刈られて見通しがよくなっていた。


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宮原坑その2