炭鉄の風景あちこち
宮原坑
その4
2013年6月14日公開
MIYANOHARA COAL MINE

 宮原第二立坑から少しだけ離れた場所に廃墟化した設備が残っています。多くの宮原坑関連の記事でも触れられることが無い廃施設ですが、気になる物件として紹介したいと思います。

 さて、この施設、地図などで検索すると名称は「宮原変電所」となっています。周辺はかつての宮原坑敷地、とくに第一坑や選炭場とい施設が集まっていた場所でしたが、跡地は社宅化されたり畑になったり、民間企業に売却されたりで、第二坑の一角を除けばほとんど残っていません。第二坑は三池炭鉱閉山時まで現役でしたが、この変電所と繋がりがあったのか(?)一応、可能性だけに留めておきます。写真で見るように、今では変電所としての機能は終えて、むなしく碍子だけが白々と目立っています。






(3枚とも2012年11月宮原)

 変電設備についてはさて措き、その隣にコンクリート造りのサイコロ型の建物はいかにも古めかしく興味を惹きます。じつはこの建物には見覚えがありました。古絵葉書は宮原坑を南西方向に望んだものです。下に見えるのは三池本線(左手が万田方面)ですが、すでに電化されているので大正5年以降の撮影ということが分かります。一段上にも線路が見え、第二坑(現存)へ向かっていますが、これは汽缶場(第一坑の背後)や作業所へ至る線路でした。
 ところで、絵葉書中央に写っている白っぽい真四角の建物が本題です。宮原坑の構内図では「宮原配電所」と呼ばれた施設と思われます。




(山田屋本店発行絵葉書/うしやん所蔵)

 件の建物をズームします。白い柵で囲まれた北側正面に入口があり、守衛所や掲示板が付帯しています。裏側には配電所の名の通り、碍子が並んでいます。



 建物の形状としては、ほぼ宮原変電所=旧宮原配電所と考えられますが、如何でしょうか。残念ながら、宮原配電所の建築年代については未調査ですが、少なくとも大正時代からの古い建物であることは間違いありません。第二坑は現存するので、これを起点に定点比較を試みて見ましょう。


(2012年11月宮原)絵葉書と同位置からの撮影。木々が茂ってしまい建物の全体像が見えないが、位置関係からも旧宮原配電所と同定し間違いなさそうである。


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