炭鉄の風景あちこち
宮原駅
逆様川線筒井原分岐
2013年9月13日公開
MIYANOHARA COAL MINE

 宮原坑へ一番乗りの線路は逆様川線。まずは、逆様川線を検証してみます。
 経過としては、明治29年に、まず逆様川線が敷設され、明治32年に七浦〜筒井原の短絡線が敷設されたことにより、分岐が設けられ、以降、逆様川線が支線扱いとなったと推測されます。逆様川線の遺構については別項に譲るとして、三池本線側の分岐点(地名をとって筒井原分岐としましょう)を推定して見ます。

 現地は、かつての三池本線の敷地は草が踏み分けられて散歩道になっていますので痕跡がはっきりしています。筒井原分岐は、早鐘踏切跡(県道3号線)から宮原方向へ少し入った地点とみられます。本線跡と並走する道路もこの先から登り道となる(くろばし橋口へ通じる)ことから地形的に間違いないと思われます。本線跡のほかにやや広い敷地がとってることから、本線⇔支線分岐として信号所や側線があったことも予想されます。本線跡以外は家庭菜園となっているので、あまり現場に立っても実感は湧きません。すこし離れていますが、くろばしから俯瞰してみました。






(2枚とも1993年3月宮浦〜万田)くろばしから見た現役時代の三池本線。


(2004年2月宮浦〜万田)


(2005年2月宮浦〜万田)


(2006年3月宮浦〜万田)くろばしから宮浦方向を望む。斜面と水路の間の敷地がかつての三池本線跡で、複線分の敷地があります。水路は写真奥のほうで、右手(勝立方向)へと逸れていきますので、逆様川線も円屋根の小屋あたりから分岐していたと思われます。本線と道路に挟まれた畑地は、引上げ線or安全側線の跡地だろうか。


(2006年3月宮浦〜万田)分岐点付近をサイド気味に見ます。竹林の向こうに見えるのがJ明寺。筒井原分岐はこの辺りにあったと推測する。三池本線はJ明寺の奥、K野病院を回りこむように左へ、逆に逆様川線は右方向に曲がる。


(2006年3月宮浦〜万田)分岐点付近に立ってみたが、余計分からなくなる。レイルを使った柵があるのが気になるが、逆様川線はおそらくこの柵の向こう側を通っていたと思われる。


(2006年3月宮浦〜万田)宮原方向に早鐘踏切跡を望む。線路が残るのは三池本線跡。逆様川線は早鐘踏切の向こうを左手に横切っていたが、線路跡の痕跡は残っていない。


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宮原駅その3