2005年3月21日公開

 野上鉄道には、1989年夏に南紀めぐりの際に立ち寄りました。すわ廃止と騒がれていたころではありませんが、何度も廃止案が俎上に上がるようなローカル鉄道でした(結局、1994年4月廃止)。

 日方駅から登山口駅まで乗車後、歩いて一駅づつ辿ったのもいい記録となりましたが、ト10形ト11号は、紀伊野上駅の貨物ホームにちょこんと収まっていました。ホームといっても貨車1両分のささやかなものです。かつては、こんな小さな駅にも貨車の発着があったと想うと楽しくなります。ト11号は保線用として使われていたようで、ホームには枕木やバラストがまとめられていました。

 写真を改めて見て、いろいろ気づく点があります。アオリ戸は妻板とは工作が異なっているので、あとから新製したものでしょう。またエアーホースを装備していますが、空制装置らしきものが見えません。単なる引通管のようです。エアーホースの位置もなぜか片側は逆位置(普通は連結器の向って右)です。野上鉄道には機関車がいなかったので、電車に合わせたためだと思います。








(1989年8月紀伊野上)

 重根駅で撮った野上鉄道のチ10形11〜12号です。チ2両に跨っているのは橋桁のようです。この頃の野上鉄道は設備投資に積極的でしたが、廃止が決定されてから、無計画ぶりが問題となりました。






(1989年8月重根)重根駅の側線にて、チ11号+チ12号。エアーホースの引き通しはあるものの、空制装置を持ちません。

無形式無番の無蓋車は連絡口駅で撮ったもの。連絡口駅と日方駅は、ひとつの駅構内みたいな位置関係でした。


形式番号不明の無蓋車。「ト」サイズですが、ハンドブレーキがあるので、トフでしょうか。

すべて1989年8月撮影


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