炭鉄資料のあれこれ
他鉄道車輌の乗入れ
2010年1月23日公開
Kyushu-Railway joins Miike-Railway

 三池車輌の「バッファー位置変更(1フィート9インチ間→4フィート間、2フィート5インチ高→2フィート11インチ高)」について既に15トン電車考その3で触れました。『三池港務所沿革史』では改造年号は大正5年としています。ただ、この時点で車輌の大部分を占める炭車・台車は950両を越えていましたので、果たして全車一斉に改造したとするのは無理があるように思われ、おそらく順次というかたちではなかったでしょうか。ちなみに大正15年発行の『三井三池各事業所写真帖』では、すでに幅広の位置で施行されています。
 このバッファーの位置変更は「省規格」への変更でしたが、その契機は九州鉄道連絡線(のちの旭町線)が敷設され、他鉄道の車輌の直通入線が可能になったことによります。とはいえ、連絡線開通(明治29年)〜バッファー位置変更(大正5年)まで時間差があり、当初は互いにバッファー位置が違っていたため、三池鉄道では対応が迫られました。この対応を示した珍しい絵葉書がありましたので、ここに取り上げたいと思います。
 下の絵葉書は万田駅構内にて入換中の列車が撮られたものです(非電化なので明治44年以前であろう)。右手に2両の無蓋車が続いていますが、三池鉄道にとってはやたら大型貨車に見えます(とはいえ10トンクラスだろうか)。アオリ戸にはなにやら標記もあるものの残念ながら判読不能ですが、中央には九州鉄道の「社章(レイルを丸く9本並べたマーク)」が確認できますので、この車輌が九州鉄道からの直通貨車であることが分かります。さらにサドルタンクの蒸気機関車と、件の無蓋車のあいだに平台車(?)風の小型貨車が挟まれており、この台車が直通貨車のための「控車」だと思われます。妻面はよく見えませんが、おそらくバッファーが4つ並んでいるのではないでしょうか。


(末藤書画店発行絵葉書/うしやん所蔵)万田駅構内にて入換中の列車。


上記絵葉書のアップ。右手無蓋車には九州鉄道のマークが確認できます。蒸気機関車との間に挟まれた平台車がおそらく直通車輌連結のための控車と思われます。


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