四ツ山駅のあちこち
石油線

2008年2月20日公開
Oil line at Yotsuyama-station

 石油線は、三池港内港南岸壁沿いに、四ツ山駅から石油基地へといたる引込線で、石油基地には東洋高圧や三井化学工業(のちに両者は合併)の重油タンク、原油タンク、薬品タンクなどがあった。『専用線一覧 昭和39年版』に所管駅三池港、三井化学工業(*1)専用線 2.0キロとあるのが該当し、三池鉄道を走った、社有タンク車(タオ形)が行き来した線路と思われます。
 内港南岸壁の背地は第三期埋立予定地とされた地域で、戦前の地図ではまだ海面か埋立中となっていることから、石油基地と引込線は戦後(間もなく?)設置されたと推測されます。もっとも引込線の方は干拓線(ボタ捨て線)として先行していたかもしれません。それ以上に気になるのは、途中、早米来川に沿う別の引込線も分岐していることですが、残念ながら正体は不明。
 鉄道課で採ったメモによれば、昭和60年6月に廃止とありましたが、石油基地内を除き、レイルは鉄道廃止時まで残っていました。驚いたことに架線も久しく張られたままでした。線路は大部分が藪の中でしたが、陸揚げされた漁船を潜ったりしながらヘロヘロと伸び、石油基地でようやくレイルが途切れていました。

(*1)昭和45年版では三井東圧化学専用線 2.0キロ。東洋高圧との合併による。




(2枚とも昭和49年撮影の空中写真より)内港南岸壁の石油桟橋と結ばれたタンク群へむかって引込線は3方向へ分岐している。右端の引込線にはタンク車の姿も。資料によれば、化学薬品タンクである。


昭和26年大牟田市基本図より一部抜粋。石油線の原型といえる線路が描かれているが、周囲はまだ未干拓の土地が多く、当初はボタ捨て線として使われたと推測される。気になるのは、途中から引込線群が分岐していることで、空中写真にも見える建物も確認できるが、なんの施設なのかは不明。


三井三池港事業概要1972(昭和47)より一部抜粋。石油基地から三井アルミニウム工場への引込線が延伸されている。


(1992年8月四ツ山)三池火力発電線に平行して伸びる石油線。架線も張られ、あたかも現役線のようであった。


(1992年8月四ツ山)発電所を過ぎると、すぐにレイルはヤブのなかへ。右を流れるのは早米来川。


(1992年7月四ツ山)県道三池港線との交差。


(1992年7月四ツ山)ヤード入口付近。空中写真によれば、この辺りから線路は3方向に分かれていた。


(1992年8月四ツ山)石油基地ヤード。レイルがあったのはここまで。


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石油線その2