1990年3月撮影
車輌のあれこれ
セコ形炭車
2020年9月23日公開

 セコ形は、15トン積み炭車です。国鉄15トン積み石炭車セム1形を譲受した車輌であり、1958(昭和33)年より1968(昭和43)年にかけて325両を譲受、セコ1~319号としました。下表は竣工図表より増備をまとめたものです。興味深いことに、当初、セコ形には番台があり、0番台(=タイプ①)と、200番台(=タイプ②)の増備が同時に始まっています。後述するようにタイプ①と②では若干形態が異なります。

 その後、0番台がセコ199号に達すると、以降は200番台に追番されました。また、1964(昭和39)年にセコ83~88号を”燐鉱石専用ホッパー車”に改造したため(車番変更も?)、1966(昭和41)年の増備で空番を埋めました。専用車の詳細は不明ですが、セコ形の一部にシートを被せた写真があり、このような軽微な改造と推測します。
 なお、下表ではラストナンバーはセコ319号(*1)ですが、文献(*2)にはセコ321号(焼結鉱専用となっている)の写真があります。このことから、表にない増備が続いたのか、あるいはセコ83~88号(Ⅰ)が320~325号を名乗ったのか、残念ながら竣工図表からは読み取れません。ところで、このセコ321号、うっすらと”ツバメマーク”が残っていることから、東洋高圧の専属となっていたかも知れません。

*1)なお、竣工図表の車番番号では1~325号となっており、なぜか整合していない。
*2)『鉄道ピクトリアル557号(1992-3)』「写真でみる三井三池の車両」藤岡雄一服部朗宏

竣工図表よりセコ形増備表
タイプ① タイプ②
車番 両数 譲受年月 車番 両数 譲受年月
1~7 7 1958(昭和33)年X月 200~202 3 1958(昭和33)年X月
8~35 28 1958(昭和33)年X月 203~204 2 1958(昭和33)年X月
36~53 18 1958(昭和33)年11月 205~206 2 1958(昭和33)年11月
54~60 7 1959(昭和34)年2月 207~209 3 1959(昭和34)年2月
61~78 18 1959(昭和34)年X月 210~211 2 1959(昭和34)年2月
79~85 7 1962(昭和37)年6月 212~214 3 1962(昭和37)年6月
86~95 10 1962(昭和37)年11月
96~105 10 1963(昭和38)年9月
106~115 10 1964(昭和39)年1月
116~125 10 1964(昭和39)年7月
126~135 10 1965(昭和40)年1月
136~145 10 1965(昭和40)年2月
146~178 33 1966(昭和41)年1月
83~88(Ⅱ) 6 1966(昭和41)年6月 215~221 7 1966(昭和41)年6月
179~198 19 1966(昭和41)年6月
199 1 1966(昭和41)年11月
222~253 32 1966(昭和41)年11月
254~286 33 1967(昭和42)年3月
287~319 13 1968(昭和43)年1月
*Xは不明

 上表においてタイプ①②とあるのは、竣工図表において2枚に書き分けられていることに拠りますが、詳細を見ると、下表のように車体寸法が異なっており、若干ですが、タイプ②の方が細長い形態となっています。また、形式図を見ると、炭箱(石炭を入れる容器部分)の形態に違いがあり、タイプ①が角張ったものなのに対し、タイプ②は丸みを帯びたものとなっています(*1)。これらの相違は、出自のセム1に由来するものと思われます。
 ただし、『吉岡写真CD-ROM』からセコ形を観察すると、炭箱については三池入線後に更新工事が行われたと思われ、絶対的なものではないようです。また、竣工図表には台車の明記がありませんが、番台に関わらず、シュー式とリンク式があることが分かります。

*1)この他、車軸に違いがみられる。

車長(含連結器) 車長 車幅 車高 軸距 積載容積
タイプ① 6020 5334 2565 2805 3505 18.7
タイプ② 6300 5525 2324 2823 3505 18.0

 国鉄セム1形の経歴は複雑怪奇ですが、大きい流れを搔い摘むと、明治~大正期に製造された9~13トン石炭車を原形として、増積改造によって15トン車としてテタ15000、テタ18000形にまとまり、さらに1928(昭和3)年の称号改正によりセム1形(*1)に改められました。さらに戦時中には私鉄買収車を加えています。
 戦後、セム1形は1947(昭和22)年の特別廃車(*2)、1954(昭和29)年より始まる計画廃車により、三井鉱山の譲受が始まりますが、この間、国鉄ではセム1の延命として炭箱の溶接工事を進めました。タイプ①の角張った炭箱は、溶接化によるものかと思いますが、先述したように入線後の更新の可能性もあり、あまりはっきりしません。ただし車体寸法から、タイプ①がテタ15000系列、タイプ②がテタ18000系列ではないかと推測します。
*1)同形態で手用制動としたセム3140形、車掌室付きセムフ1形があったが、戦後に改造のうえセム1に編入された車輌もある
*2)特別廃車により三井鉱山に9両のセム1が譲渡された。セコ形とは別と思われるが詳細は不明。

 セコ形は、1975(昭和50)年より増備が始まる17トン炭車セナ形と入れ替わるかたちで廃車が進んだと思われます。竣工図表には廃車の進行は一部しか記入されていませんが、200番台から廃車となっており、おそらく炭箱の損耗が激しかったものと思われます。セコ形は1980年代はその姿が確認されるものの、実際には1982(昭和57)年頃*1において155両と凡そ半数に、1992(平成4)年には1両を施設課作業用として残すのみとなって、すでに事実上の廃形式でした。この最後の1両が1966(昭和41)年増備のセコ226号です。
 現車は港駅の施設課港工場に留置されていました。炭箱と炭箱受けは、セム1とだいぶ異なりますので、三池入線後の更新だと思われました。制動は、片側車輪に両抱き式。手摺りとステップ、開戸テコが白く塗られていました。唯一のセコ形として保管対象となっていると現地で聞きましたが、残念ながら1997(平成9)年の三池炭鉱閉山とともに解体されてしまったようです。返す返すも惜しいことと思います。

*1)『鉄道ピクトリアル557号(1992-3)』「写真でみる三井三池の車両」藤岡雄一服部朗宏


1990年3月


1990年3月


(1992年8月)動いた形跡はなかったが、連結車輌が変化。車止めとして使われていたか。


1991年3月


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