2021年5月22日公開



 直方石炭記念館に屋外展示されている、15トン積み石炭車セム1形セム1号を久しぶりに見てきました。写真は、複雑な空制装置および、炭箱の底開扉を中心にまとめてみました。
 近年になり塗り直されたようで、艶々となっています。炭箱中央の形式車号の描き方があれっという感じですが(イラストでは直しました)、検査表記も凝っており、”若松工場 46-3施行”となっていますが、これは石炭記念館の開館(1971(S46)-7)に合わせたものでしょう。なお、セム1形は、1966(S41)年度で全廃しました。

 セム1形の出自は多岐にわたるため、いくつかの分類ができますが、そもそも1号という車番について疑念を呈する意見もあります。以下、セム1号と見做して系譜をまとめると、九州鉄道8トン車ソ1形を原型とし→1910~1911(M43~44)9トン化→1914~1917(T3~6)13トン化し、テタ3600形に→15トン化しテタ15000形に→1928(S3)セム1形(1~2181号)となったグループに属しています*1。

 現車には、”昭和27年若松工場 更新修繕-Ⅰ”の銘板が付けられていますが、戦後、セム1の延命工事となった台枠もしくは炭箱の修繕の際のものと思われます。また、側枠には”FRODINCHAM IRON & STEEL”という英国(ENGLAND Scunthorpe)の製鉄所の陽刻、および鋼材規格(9×4)が確認できました。これが原型のものなのか、あるいは数度の増トン工事の際に取り換えられたものなのかは不明ですが、現車は台車等を含めて近代化された、セム1形最終期の姿と思われました。

*1)「石炭車その発展のあとをたどる(5)」『鉄道史料37号』





 セム1形への空制装置取付は、1933~1936(S8~S11)年に行われましたが、全車対象にはならず、引通管のみとなった車両が半数もあったようです。セム1号は空制化されましたが、前位側の台枠と炭箱に挟まれた僅かな空間にシリンダーを横向きに、元空気溜は側枠の脇に配置するという、苦心のさまが見て取れます。

















 炭箱には3つの底開戸があり、中央戸は開いた状態になっていました。床下はこの底開戸が占めているため、ブレーキテコの配置に工夫がみられます。



















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