車輌のあれこれ
セロ形炭車
16トン積み炭車
2021年3月22日3000番台を付記
2020年11月29日公開

 セロ形は16トン積み炭車です。4トン→8トン→16トンと、倍々で発展した三池オリジナルの石炭車としては、最後の新造車となりました。これ以降の増備(=戦後)は国鉄の中古車譲受に切り替わりましたので、その意味では三池鉄道を代表する石炭車といっても過言ではないと思います。

 導入の経緯について、『三池港務所沿革史』によれば、1924(T13)年に、廃車の進む4トン車の代替として、16トン車の採用が検討されています。ただし、この時点では各坑の積込場や貯炭場などの設備上の制約が多く、線路も軽規格なことから見送られ、従来の8トン車の追加を決定しました。8トン車はおそよ150両を増備しています。1934(S9)年になると、すでに重軌条化が進んでいたことや、旧坑の閉坑(勝立坑宮原坑等)により設備上の制約がなくなり、合わせて7トン車が全廃することから、16トン炭車の導入が決定しました。

 下表の増備表によれば、1934(S9)年より1938(S13)年にかけて計240両を増備しました。形式は、登場時は”イ”形と思われますが、1936(S11)年に称号改正により”セロ”形となり、セロ501~740号を名乗っています。501から付された理由は定かではありませんが、すでに8トン炭車が485両(セヤ1~485号)あったので、番台で区分したのではないかと考えられます。

 製造者については、竣工図表には日本車輌、汽車會社が記されています。『日車の車輌史』によれば、合計190両の製造とあることから、日車製が過半を占めています。『吉岡写真CD-ROM』をみると、本来、台枠には銘板が付いていたようですが、実車確認では無くなっており、製造年(社)と、後述するバリエーションとの関係については不明です。
n
年度 在籍数 増備数
1934(S9)年 40 +40
1935(S10)年 90 +50
1936(S11)年 150 +60
1937(S12)年 220 +70
1938(S13)年 240 +20

 1961(S36)年に28両がコークス専用のセロ形3000番台に改造されたほか、若干の廃車もあり、1982(S57)年頃の集計(*1)では162両(+コークス用28両)となっていますが、主力炭車の一角(25%)にあります。その10年後の1992(H4)年集計では、わずか38両と激減しており、さらに全車が休車処置となって既に役目を終えていました。

 以上から、ほぼ昭和期を通して活躍したといえるセロ形でしたが、わたしが見たセロ形は、浜駅に休車となって疎開された姿でした。すでに樹木が覆いかぶさった状況から留置が長かったものと思われます。残念ながら現役復帰は叶わず、間もなく現地解体されたようです。

*1)『鉄道ピクトリアル557号(1992-3)』「写真でみる三井三池の車両」藤岡雄一服部朗宏









 下表は、自連化前後での主要諸元ですが、連結器交換以外は変化がありません。幸いなことに、セロ形は多くの写真が残されていますので、それらを比較すると、いくつかの形態分類が可能です。

 ①炭箱形態~溶接組みが大部分だが、一部に折り曲げで組んだ車輌があり、炭箱が丸みを帯びた車輌があり。
 ②台車~1段リンクが大部分だが、一部にシュー式を採用した車輌あり。
 ③炭箱の側板リブ~一部に炭箱上辺まで補強リブが伸びた車輌あり。

 これらの相違が、製造年(社)による違いなのか、後天的な改造なのかよく分かりません。『日車の車輌史』にはセロ形組立図が収録されており、オリジナルな姿としてイラストに描いてみました。連結器は螺旋式のため、バッファーがあります。炭箱のカドは折り曲げと思われ、全体的に丸みのあるスタイルが特徴です。また、炭箱形状や炭箱受けも、後年とは異なっていたと思われますが、製造時の写真は未発見です。



牽引鈎・連環式 自連化以降
車体長(連結器含む) 7370ミリ 7420ミリ
車体幅 2300ミリ 2300ミリ
車体高 2545ミリ 2545ミリ
軸距 3050ミリ 3050ミリ

 下のイラストは、もっとも標準的なスタイルになります。原形と比べると、炭箱妻側の折り曲げ位置が変わりました。セロ形の自連化は1952(S27)年です。



 セロ形の大部分は、1段リンク式の台車ですが、一部にシュー式をはいた車輌がいました。


台車がシュー式のセロ571号



 このほか、下記イラストのようなグループが確認できました。おそらく炭箱の更新によって様々なタイプが生まれたのではないでしょうか。





 以下、セロ形の各部分のディテールを見てみましょう。
 セロ形の制動は、側ブレーキのみ、片側車輪に片押し式の三池標準。ステップが台枠より大きく飛び出しているのが目立ちます。




形式の書き方が独特です

 ”炭箱受け”と呼ばれる、炭箱を台枠で支える部品は左右に4個、計8個もあります。炭箱側は溶接、台枠とはボルト締め。この炭箱に沿うかたちでアングル材のリブが付くますが、このリブは台枠との隙間に潜り込むように炭箱下辺まで続いています。


台枠には5本のボルトで固定



 セロ形は、1952(S27)年に自動連結器化されましたが、座付きの連結器となったのも特徴です。車端近くまで底開扉があるためかもしれません。



 セロ形の炭箱を上から。セロ形最大の特徴は二槽式の炭箱だと思います。8トン×2室となっており、それぞれに底開扉が2つ付いています。仕切り板は厚さ5ミリ、炭車中心線を示すため、上辺は△に折られ、側面から少しだけ(45ミリ)見えます。




炭箱内面には補強リブ。なお、このリブが炭箱外側にあるタイプもあった

 炭箱の底開き扉は、当時としては標準的なカム式。閉まる際には、扉の縁が欠き取りに引っかかっているだけの簡便な構造ですが、取り扱いには熟練を要すると聞きました。







 セロ形3000番台は、1961(S36)年8月にコークス専用として改造されたグループで、セロ3001~3028号を名乗りました。比重の軽いコークスのため、炭箱を455ミリ嵩上げ(容積18.4→25.5立方)して荷重を確保しています。車高は3000ミリとなり、容積はセナ形(21.1立方)よりも多く、三池炭車の中ではもっとも大形となりました。なお、三池でのコークス製造の歴史は明治時代より始まっていますが、コークス専用とした車輌は唯一と思います。
 炭箱および炭箱受けは水色に塗られ、かなり目立つ外観ですが、コークス製造の終了(1986年)とともに廃車されたと思われます。わたしは実見できませんでしたので、イラストを描いてみました。2槽式の炭箱はそのまま引継がれるなど、嵩上げ以外はセロ形と共通です。3000番台を名乗った理由は、1000番台2000番台に10トン炭車が居たためでしょうか。



写真は1992年7月三池浜駅にて


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