炭鉄の風景

三池港
2004年3月15日公開
2004年3月22日修正および追記
Former pier for Shimabara in Port of Miike

 三池港〜島原外港を結ぶ連絡船は、島原鉄道が直営する航路(5往復)として知られています。所要35分の海の近道として西鉄との連絡切符も出ていて、天神からだと2時間ジャスト、高速バスよりも早いのですが、あまり宣伝していませんね。大牟田駅から三池港行きバスの終点が発着桟橋です。
 この航路は近年まで島原観光汽船が運航していましたが、平成9年に休止、同年中に島原鉄道によって再開されたという経緯があります。航路がいつごろ開設されたのか不詳ですが、すでに戦前の三池港案内には島原・口之津航路と記されています(*1)

 さて、現在の三池港の発着桟橋は内港繋船壁の隣りにあります。三池港内港の北東の岸壁ですが、それ以前は内港南岸壁にありました。移動の時期は不明ですが、昭和40年代では南岸壁から出航しています(*3)。その旧桟橋は、地図によれば、三池火力発電所を過ぎてしばらく南岸壁沿いに進んだところにあった筈。南岸壁には四ツ山駅から石油線と称した引込線が伸びており、この廃線跡を辿る傍ら、旧桟橋を探してきました。で、結論が写真の廃桟橋です。もはや倒壊寸前で近寄れません。しかも肝心の島原のシの字がどこにもなく、確証は持てませんが、旅客桟橋の面影が見られます。旧桟橋についての資料はなく、ご教示お願いします(*2)。ちなみに旧桟橋の前を引込線が通っていましたが、旅客航路なので直接の関係はなかったと思われます。

(*1)八代屋廻送店が運航、長洲経由で島原・口之津への航路、2往復。
(*2)試みに昭和43年10月改正の時刻表によれば、島原観光汽船、大牟田港〜島原港、5往復、所要1時間20分となっています。大牟田港時代もあった?
(*3)いろいろな方からご教示をいただきました。まず施設について桟橋の前に島原観光汽船の事務所がありました。また南から北への移動時期は平成元年頃(当時の三池ポートサービスが遊覧船の運航を始めたのがきっかけ)とのことです。意外と近年だったのですね。旧桟橋時代には、大牟田駅〜築港というバス路線が運行されていたそうです。以上、ご教示ありがとうございました。


(2004年2月三池港)島原航路旧桟橋と思われる(?)廃桟橋。倒壊寸前!切符売場?が残っています。


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