宮浦駅のあちこち
TDI線
2009年11月16日公開
2011年10月25日リンク追加
line of TDI at Miyaura-station

 炭鉱電車の一般公開に行かれた方はご存知だと思いますが、保管場所として留置してある線路はもともとは引込線の一部でした。周囲にはいまだポイントや荷役設備等が残っていることに気づかれたことと思います。保管車輌は大牟田市の所有ですが、工場構内に仮置きといいつつ10年以上が経過してしまいました。ちなみに普段はテントに仕舞われています。
 この引込線の正式名称は不明ですが、晩年はTDI専用のタンク車(タキ4850形やタキ19600形)が出入りしていましたので、ここでは仮に”TDI線”と呼んでおきます。宮浦駅から延びた線路は三坑町3号踏切を過ぎると、側線を増やします。この側線はのちに海上コンテナ線として再活用されることになりますが、当時はTDIタンク車がポツンと留置されていました。また、TDI線は非電化の引込線でしたが、興味深いことに、この側線付近まで架線柱が残っていました。旧勝立線なのでしょうか。
 三坑町踏切からは工場構内へ扇状に分岐する引込線が望めました。TDIタンク車は宮浦駅にしばしば留置されていましたが、工場への入出場はまれのようで、残念ながら20トン電車の入換風景は最後まで見れずに終わりました。


(1997年10月宮浦)宮浦駅南側の三坑町3号踏切よりTDI線を望む。配線図は現在と変わらないが、新しく出来た車輌工場の前には何故か日産化学のタキ7500形が留置されていた。TDI線はすでに廃止されており、遠くに霞む側線には、メモによれば20号電車やハト37+152号、三井東圧所有のタキ4850形が留置されていた。






(上1991年3月、中1995年7月、下1997年10月宮浦)三坑町踏切より宮浦駅方向を望む。左手の線路は三池本線。TDI線は非電化だが、その隣の架線柱のある線路は旧勝立線かもしれない。


(1995年7月宮浦)三坑町踏切より望む。左手に分岐する線路が工場構内へと引き込まれる。右手の線路が三池本線、となりの空間は下り線跡、さらに併走する線路は旧勝立線と思われます。




(上1991年3月、下1995年7月)工場構内にはタキ4850形やタキ19600形が見える。ポイント前の廃屋は信号所跡だろうか。


(1997年10月宮浦)三池鉄道廃止後、本線の架線撤去の頃。工場構内には取り残されたタンク車と、現在も同地に保管されている炭鉱電車の姿が見えます。


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