車輌のあれこれ
ユト形有蓋車
100番台
2013年4月20日公開
2021年6月8日イラスト追加
Type of YUTO

 ユト形台車(100番台)は、12トン積み有蓋車です。形式名の”ユ”は”ゆうがい”、”ト”は荷重の”十(とう)”となることから、実際の荷重とは一致していませんが、ほかの有蓋車と形式名を合わせたと思われます。ユト100番台の来歴については竣工図表にあり、1956(S31)年3月認可でユト101〜111号、1957(S32)年9月ユト112〜120号、同年11月ユト121〜124号、計24両が国鉄より譲授と記されています。形態より、元国鉄テ1形鉄製有蓋車であると思われますが、同一型式の大量導入という理由については分かりません。

 ユト形は1990年代になっても数両が三池港周辺に留置されていました。すでに現役車ではありませんでしたが、現認できたことは幸運でした。まずは、船渠の渠内倉庫の引込線に取り残された4両のユトから。






(1991年3月三池港)三池港船渠の引込線跡に取り残されていた4両のユト形。倉庫の向こう側が船渠。


(1990年3月三池港)上の写真の1年前。メモによればユト101〜104号。


(1990年3月三池港)撮影時点でレイルは本線とは既に繋がっていなかった。


(1991年3月三池港)リベットのある部分がオリジナルと思われるが、その後何度も補修されたため、継接ぎが1両ごとに異なっていた。

 三池港駅には、3両のユト100番台が確認できました。いずれもレイル上の倉庫代用となっているように見えました。


(1993年3月三池港)メモによればユト110号。


(1991年3月三池港)メモによればユト107号と12?号。背景の建物は施設課港工場。

 ユト100番台には、珍しく銘板が残った車輌がいました。写真の銘板はユト102号のもので、右書きで「川崎造船所 兵庫鐡道部製作 明治四拾五年」と読めました。川崎重工業著『蒸気機関車から超高速車両まで』によれば、同社はテワ1257形(のちのテ1形として統合)として1912(M45・T1)年〜1913年(T2)年にかけて100両を製造しています。このほか、ユト110号には「汽車會社 大阪 大正元年製造」を確認しています。汽車会社の銘板は非常に彫りが浅いタイプでしたので、判読に苦労しました。


(1990年3月三池港)


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